芦屋のアロマ/ステラ・マリス

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21年前の父を想う。

2016.04.02 by 佐々木 恵子

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今年も、桜が咲きましたね。

桜が咲くと
「もう一度、桜が見たいなぁ」
と言って亡くなった父の事を
思い出します。
皆様、こんばんは。
緩和病棟アロマセラピスト
ウェルネス・アロマコーディネーター
佐々木恵子です。
 
 
 
 
父がなくなったのは
阪神大震災の前年。
もう、21年も前の事です。
父は肝臓ガンでした。
当時は、「告知」なんてとんでもない時代で
ずっと肝臓の治療で入退院を繰り返していた父は
病気が進行し肝臓ガンになりましたが
本人にはガンの事はひたすら隠し続けました
あと3年。
と診断されましたが
母の「1日でも長く生きて!」という
必死の想いと
食事に気をつける事で
ガンの宣告から、5年、生きてくれました。
父が大好きだった私は
ちょうど幼稚園だった娘の春休みに帰省し
父が亡くなるまでの
約2週間、
ずっと父のベッドの側についていました。
父が目を開けた時に
私の顔がいつも見れる様に、
そんな想いで
最後の2週間は
ずっと病院に泊まり込みました。
幸い、父は、
最後まで意識もしっかりし
痩せ細る事もなく
いつもと殆ど変わらない状態で
最後まで過ごす事ができました。
もっと色んな事を話して
聞いておけば良かった。
と今では思いますが
当時は
父のガンを隠しての看病でしたので
絶対、
父にはあと少ししか生きれない、
なんて事を悟られてはいけなかったので
私達は
いつもと変わらない会話しかしませんでした
でも、
父は、自分の命があと少ししかもたない、
という事は分かっていたようです。
亡くなる5日前の父の誕生日を
お祝いした私達に、
「後、何日生きれるかわからないけど
    ありがとう」
と最後の誕生日に父は言いました。
もう一度
桜を見せてあげたかった。
あんな事も、こんな事も
もっとしてあげれる事があったんじゃないか?
そんな事を考えると
側についてる事しかできなかった自分を
責めたり、情けなく思ったりしました。
どうして私は
緩和病棟のアロマボランティアに
関わり続けているのか?
もしかしたら心のどこかで、
父に何もしてあげれなかった替わりに
入院患者の方に
アロマトリートメントをさせて
頂いているのかもしれません。
また、
患者様の側についてるご家族には
アロマのマッサージを覚えて頂いて
アロマのマッサージで、
佳き想い出、佳き時間
を作っていただけたらいいなあ。
と思っています。
私も
もっと早くアロマに出会って
父にアロマのマッサージをしてあげたかったな。
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佐々木 恵子
緩和病棟でのアロマボランティアとして8年間で約1600名のがんの患者様、そのご家族、病院スタッフをケアした経験を元に、芦屋をベースに「アロマハンドケア養成講座」を始め、家庭から医療、介護分野で活かせるアロマセラピストを育成しています。
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